ひと夏の恋。
長かった梅雨も明けて、いよいよ夏の始まりだ。
今年は特に暑い。
8月上旬、周りの同僚よりも少し早めの夏休みをもらった。
せっかくの夏休みだから、なんとなく暇なので、久しぶりにアプリを使ってみることにした。
話相手でも見つかればな、なんていう気持ちで始めたら、3日もしないうちに、
ある一人の男に会うことになった。
彼の名前はカズ。
カズからのアプローチがあり、お互い仕事の夏休み期間だったこともあって、
会う場所は一人暮らしの彼の家に。
正直、いきなり家に行くのは不安だったのだけど、何かがあったら逃げればいいやぐらいの気持ちで、向かった。
自宅から、電車バスを乗り継いで、カズの家まで、1時間半ぐらい。
なかなかの長旅だ。
初対面の人の家で、宅飲み。
これで、何もないはずがない。笑
半分、わかっていながらも、家に行った。
待ち合わせのコンビニに向かうと、カズはそこにいなかった。
すぐにメッセージを送ると、あとからカズと思しき人物が入ってきた。
一礼し、カズのおごりで酒を買う。
初対面の印象は、正直悪くない。
アプリで見た写真よりもイケている。
顔写真の交換をしたときに、相手もこちらを気に入ってくれたこともあり、
なんとなく気持ちは前向きだった。
カズの住むアパートまでの坂道を2人並んで登る。
駅からバスで10分程度の住宅街。
時折、公園らしき広場も見える。
落ち着いていて、とても雰囲気いい場所だった。
時刻は午後5時過ぎ。
夏の夕日に照らされた彼の横顔がまぶしかった。
実は一人暮らしの他人の家に上がり込むのは、初めてだった。
家に入ってすぐ、ソファに通されたが、まったく落ち着かない。
とりあえずの乾杯をして、カズがツマミの準備をする様子を気にしながら、部屋の中を見渡した。
すぐに目に入ったのは、ベッドルームに飾ってある巨人軍のユニフォームだ。
そういえば、アプリの自己紹介に野球観戦が好きとあった。
部屋の中は必要最低限の物しかない。
というか、ホコリ一つない。まだ引っ越したばかりだと言っていた。
お互いの自己紹介を軽く済ませ、話始めると、驚くことがたくさんあった。
というか、この人は自分と全く違う感覚を持っているのだと、気が付いた。
白黒ハッキリさせたいタイプ。
これまでの男遍歴を聞いたら、関係がちょっとでも怪しくなったら、少しでも気に入らなかったら、即ブロックだと言っていた。
自分とは真逆だ。
わざわざこちらは、彼の家にまで出向いたのに、
「自分が逆の立場だったら、絶対に出向いたりはしないよ。」とまで言われた。
人との出会いにコスパを求めるタイプだ。
正直、野球について全く知識のない自分は、彼が見ている野球中継には興味が無かった。
彼が語る、野球情報も本当にピンと来なくて、正直、これは来て失敗だったな~と思った。
ああ、やっぱり家に来るのはやめとけばよかった。
けれど、このままただ、自腹を切って遠出して、なおかつ自己否定されて帰るのだけは、いやだったので、この際と思ってモーションをかけてみた。
なにせ、見た目はそこそこタイプなのだ。
すると酔った勢いで案の定だった。
外が暗くなるにつれて、急接近した。
急接近しながら、カズの気持ちが強くぶつかってきた。
「好きかどうかわからないけど、気になる存在。」と言われた。
その日はそれで終了。
ああ、きっとこの人とはこれで終わりなのだなと思った。
帰りのバスでスマホを見ると、なんとLINE交換のお誘い。
もしかしたらこの関係、続くのかな?という淡い期待を寄せて。。
翌日の夜、すぐにLINEがきた。
また会いたいな、と言う。
お互いの唯一の共通点と思える、カラオケに行くことに。
5日後のカラオケ、カズに会えるのがすごく楽しみだった。
久しぶりの高揚感。これはきっと恋だなあと、思った。
いよいよカラオケ当日。楽しみにしすぎて、胸がはち切れそうだった。
待ち合わせの場所に早めにつく。
10分ほど待つと、カズがあとから現れた。
まだまだ見慣れない彼の横顔、後ろ姿。
なにせ、まだ出会ってから1週間も経っていないのだから。
もしかしたら、この恋イケるかも?と思う反面、引っかかるところはいくつもあった。
カラオケのフリータイム、暗い個室で少しのイチャイチャ。
なんとまあ、いやらしいのだろう。
そのあと、この5日間の寂しさを紛らわすように、彼の家に行った。
とにかく抱きしめた。このぬくもりを手放したくなくて、時間の許す限り。。
夏休み期間は終わり、仕事が始まった。
連休後の仕事ほど辛いものはない。脳みそが仕事モードになるまでに、いつもよりさらに時間がかかったように思う。
カズのことが頭から離れなかった。
その後LINEを交わすうちに、同じ週の金曜日、仕事帰りにご飯に行くことになった。
週末の休みにどこへ行くか相談をするためだ。
気持ちはワクワクするものの、なんとなく心のどこかで引っかかるものがあった。
彼の言動に、どうしても受け入れられない部分があったからだ。
自分と全く違う環境で生きてきた人間。住んでいる場所が同じ県内というだけ。
そして、同じゲイであるというだけ。
好きな気持ちと、、いや正しくは、もっとこの恋をしていたい気持ちと、
友達としてだったらきっと仲良くなれないなという気持ちが、交差していた。
きっと、この時点でもう、答えは出ていたのかもしれない。
仕事終わりの金曜日、顔を合わせるといつものカズ。
でも、なんとなく距離を感じた。
駅から少し離れたファミレスでビールと食事。
思えば、会うときはいつもお酒飲んでたなあ。
というか、お酒がないと話が弾まないんだった。
明日、どこに行こうかって話をしているけれど、まったく頭に入ってこない。
そのうちに、カズが明日はやっぱりやめにしようかと言い出した。
このパターンだ。自然消滅するやつ。
離れたくない気持ちと、このまま終わりにしたほうが良いって気持ちとが、
ぶつかり合っていた。
あと数分の間に、どうするか決めなければならない。
考える間もなく、口から言葉が出ていた。
彼にどうしても伝えたかったこと。
どちらにせよ、今後の関係を考えるなら、言わなければいけないと思ったから。
でも、それがきっと間違っていたんだな。
俺は彼を、否定してしまった。
結果としては、初めて会ったときに感じた違和感を拭えなかった。
もっと時間をかけていたら、歩み寄ることもあったのかなと思うこともあるけど、無理をしても、この関係はいつか切れてしまうから。
LINEの最後、お互いに「お元気で!」って言葉で締めくくった。
案の定、アプリとLINEはその後ブロックされたけど、それでも、すっきり終われてよかったと思う。
久々に燃えるような恋をした。
こんな恋は、久しぶりすぎて、、
最高に楽しくて、最高に辛かった、まさに「ひと夏の恋」。
カズ、お元気で!!!